太陽は中天を少し過ぎたところ。秋らしく晴れ渡った水色の空は、しかしここからは見えない。ざあともどうとも聞こえる音が腹に響く。一帯で最大の規模を持つ滝がその向こうの景色を歪ませるので、茜は表を見るのをやめた。どうせ誰も来まい。報復に来られそうな元気のある者は、茜の見た限りでは皆無だった。
茜は村の南を受け持った。老若男女、区別などするつもりもなかったが、もともと田や畑のほうが多い場所で、思ったほど人間に出遭えなかったのが残念だった。姉達はそれを見越していたのかもしれないが、いらぬ気遣いだと茜は思う。もっと殺してやりたかった。あの村に住まう者、一人残らず。
上の姉は西を、下の姉は東を受け持った。全ての指揮を取った主は北を。根城に戻ったとき、主だけが先に着いていた。全身を血に光らせ、凄惨な笑顔はこの世のものとは思われぬほど美しく、茜はしばし何もかもを忘れて見とれた。
そして、今。
「姉さま……」
「うん……」
「白糸様、起きないね……」
「……すごくよく寝ておいでだね……」
「……いびき……」
「……かいてるね……」
美しい主は、その美しさを台無しにする豪快さで眠り続けていた。村から戻ったのが一昨昨日の晩。その後、明け方に眠りについてからだから、文字通り三日三晩になるのか。その間、僕(しもべ)は何もすることがなく、ぽつりぽつりと話をしたりもしていたのだが、三日目となるとさすがに話題も尽きた。上の姉はそれでも生真面目な顔で、時折外を伺ったりしている。下の姉は。
……絳姉さまはずっと元気がない。
もともと無口な姉だが、輪をかけて言葉数が少ない。顔の周りにぼんやりと暗い陰がある。解せないのは、上の姉がそれを不自然なまでに無視しているところだ。
気にかかることは他にもある。茜に南へ行けと命じた上の姉は、下の姉には西と東のどちらがよいかと尋ねたのだ。うつむき加減に東と答えた表情をなんと形容してよいものか、茜にはわからなかった。東に何があったか、あるいはなかったか思い出そうとしたが、瞼の裏に浮かぶのは自分たちが破壊し尽くした焼け野原。思うように人間を殺せなかった茜は、腹いせに村で一番大きな桜の大木を焼いた。炎を纏った老木はまるで花の盛りのようだった。
きれいだと思った。
胸中には、復讐が叶ったよろこびしかなかった。
だから茜は、上の姉と同じく、彼女のかなしみを無視することしかできない。姉とはたぶん違う理由で。
主が寝返りを打った。子どものようにむにゃむにゃと口の中で何かつぶやくので、茜は思わず吹き出しそうになったが、自分と同じところを見ているはずの姉は表情一つ動かさず、どこか、遠いところを見ていた。


【2012/02/29 記】


(2013.11.12)


モドル