ガラス窓ごしに見る夏空は、憎らしいほどに晴れ渡っていた。昨日までそこここに佇んでいた霊たちはもういない。夕刻の火に送られて、今頃はすっかりあの世だろうか。帰る場所があるなんて、なんと羨ましい奴ら。
“お客さん来ないね”
“平日だから”
“外暑そう”
“ここは涼しくていいわ”
ひそひそひそひそ、絶え間なく続くおしゃべりに店主が頓着した様子はない。それもそのはず、こいつは露ほども「視えない/聴こえない」人間なのだ。つまり、霊の類が。
類のはしくれたる鏡子にはうるさくてたまらない。聞えよがしにため息をひとつ落とすと、さざめきはぴたりとやんだ。が、いつものことなのですぐに再開する。おまけに背を向けるような気配が伝わってきた。実際、自分たちには骨も筋肉もないから動くことなどできないのだけれど、気分の問題である。ああ厭だ。ていうかなんで耳もないのに音が拾えるのだ?
うんざりして、鏡子は外を見る(目もないのに!)。生き物の全てを灼き尽くそうとしているかのように見える太陽光が、とても恋しい。ここは暗く湿っぽく埃臭く、加えてかつての持ち主の念やら因縁やらが空間全体に充満していて息苦しい。似たような店をいくつも転々として、ここに収まってからさてどのくらい過ぎたか、鏡子はもう覚えていない。
真昼のオフィス街に人はすくない。たぶんまだ盆休みの会社も多いのだろう。ゆらゆらと立ち昇る陽炎が、
あ、
あいつ。
今風のメガネをかけ、服装は日によってえらくラフだったり社会人の見本のごときスーツだったりする、いまいち職業の掴めないあいつ。上司らしき人と一緒にいるところは見るけれども、それ以外ではたいてい一人だから、入社して1、2年というところか。風貌だけを見れば学生と言っても通りそうだ。
あ、こっち見た。
来た。
見てる……。
そう、ひと月ほど前からこの男は鏡子のことをいやに熱心に見つめているのだ。時折ちらりと値札を見て眉をひそめ(そのときできる陰が鏡子は結構好きだったりする)、思案顔になっては去ってゆく。で、また数日経つとやって来る。
おそらく恋人にプレゼントしようか悩んでいるとかそんなところだろう。
ちくりと胸が痛んだ。
いつの間にか周囲のざわめきは耳に届かなくなっていた。
静寂の中、鏡子も彼を見つめ返す。視線が絡むことは決してない。


【2012/03/02 記】


(2013.11.12)


モドル