次はヒメノがオニだ。アズミは部屋の誰よりも早く二階に登ったが、廊下の端まで走ってはたと困った。ヒメノの部屋も、エージとツキタケとガクの部屋もさっき隠れてしまった。お便所は薄暗くて湿っぽいからなんとなく嫌だし、お猿さんたちの部屋で遊ぶとコウモリが不機嫌になる。ヒメノはもう10まで数えている。早くしないと。
とぷ、とやや控えめに、ある扉に顔を突っ込んだ。今日はばいとではないはずだけど、もしかしたらアズミたちが遊んでいる間に出かけてしまったかもしれない、と淡い期待を持って。
はたして部屋の主はそこにいた。ただし、彼女の心は目下夢の中に遊んでいるようだ。かすかな寝息が聞こえる。おなかにはきちんとタオルケットをかけ、少し微笑むような感じで大変気持ちよさそうに、ゆかりは昼寝の真っ最中だった。
ちょっと迷って、おそるおそる歩を進める。アズミの歩幅でも、10歩もあればたどり着いてしまう。顔を覗き込んだ。幸せそうだ。そしてあの“怖い気配”は、どういうわけか大分薄まっているようだった。寝てるからかな、と思う。
ゆかり自身はとても優しい、とアズミは知っている。絵は下手っぴだけどお話をたくさん知っているし、作ってくれるし、かくれんぼに最後まで付き合ってくれるのもゆかりだ。ただ、彼女の身体からは、なんとなくアズミを近寄りがたくさせる気配が立ち上っているのだ。明神やヒメノは気づかない。ヒメノのママはうっすら気づいているようで、あとの人たち(人じゃないのもいるけど)には聞いたことがないのでわからない。
いつか、ママとパパと行ったキャンプ場で、ごうごうと流れる川を見た。流れが速いからアズミは入っちゃいけないよ。そう言われたときの、水と土の混ざった匂いのようなもの、あれに似ているとアズミは思う。
「うん……?」
かすかな身じろぎとともにゆかりが薄く目を開けたので、アズミはびっくりして二、三歩あとずさった。
「あずみちゃん……?」
どうやら寝ぼけているらしい彼女に何を言えばいいかわからず、
「かくれんぼ」
とだけ言うと、ゆかりは少し考えるように目をさまよわせ、
「わかったー」
へにゃり、と笑って右手をちょっと上げた。ふわり、と光のつぶつぶが集まり、次の瞬間、ごく軽い破裂音と共にそこに現れていたのは、空色のタオルケットだった。
ゆかりはごろりと寝返りを打って窓の方を向くと、タオルケットをスタンバイして、
「おいでー」
と言った。急いでその下に潜り込むと、優しい薄闇がアズミを覆った。背中にはあたたかな掌の温度。
「ねちゃってもいいよー」
それを最後にゆかりの言葉は途切れ、また規則正しい寝息が聞こえてきた。思い切って体を寄せると、やはりあたたかい温度が伝わってくる。あの匂いは、今はほとんどしない。
なんだか嬉しくなって、闇の中でアズミはにこにこと笑った。


【2012/03/08 記】


(2013.11.15)


モドル