思いがけない質問に首を傾げてみせると、西洋の悪魔の最高峰たる美しい青年は形のいい眉をひそめた。
「ドントアクトキュート、可愛い子ぶるのはやめたまえ」
「いやいやそんなつもりは。……本当にわからなくて」
夏はやっぱりパピコですよね、ワット?パピコってなんだい?という話題から、なんとなく子供の頃は友達が一人もいなかった話になり、青年――キヨイにこう問われたのだ。
仲間が欲しいとは思わなかったのか?と。
ゆかりは自分でも意外なほどその質問を見当はずれなものに感じた。つまり、
「いや、やっぱり違うな。思わなかった……んでしょうねえ」
「アンビリーバブル!信じられないね。それは君が自分の心をごまかしていただけなんじゃないかい。それ以上傷つかないために」
言われて改めて記憶を辿る。
「それはないです」
「断言するじゃあないか」
「しますよ」
キヨイはまだ眉根を寄せたままだ。理解できないという顔。悪魔が年をとるのかは寡聞にして知らないが、存外子供っぽいところがある。ゆかりは意識して頬の筋肉をゆるめ、できるだけ軽い調子で、
「子供の頃の私と関わった人は、みんな不幸になったので」
と言った。
「ワット?なんだって?」
「幼稚園の頃、一番仲の良かった女の子は交通事故で亡くなりました。祖父は小学校に上がった年に海釣りに行ったまま帰らず、祖母は旅行中におそらく崖から転落して、未だに骨は見つかっていません。その他にも誘拐未遂やらなんやかんやあったので、そうですね、ツキタケ君くらいの年の頃にはなるべく人に近づかないようにしていました」
そこで唇に一本指を当てて、内緒ですよと囁けば、驚き顔のバフォメットはこくりと素直に頷いた。
「それは君のせいだと実証されたの?」
「命に関わることに実験はできませんよ。ただ、一人になればそういうことはほとんどなくなりました」
「良かったと言うべきなんだろうか」
「言うべきですよ」
「バット、しかし今こうして人と関わっていられるのはどうしてだい?」
ゆかりは更に意識して肩の力を抜く。拳を握り締めないように注意する。
「その呪いを解いてくれた人がいたんです」
「ワオ!おとぎ話の王子様のようだね!もしかして引越しの時に来た彼かい?」
「いえ」
それきり口をつぐむゆかりに、テンションの上がったバフォメットはしかし何事か察したらしい。何しろ死をも連れてくる呪いを“解いた”のだ。その先に何が待っているか、想像できない彼ではないだろう。
気まずい沈黙を終わらせるために、ゆかりはあえて言葉を発する。
「今はもう会えないんですけど」
「オーケー、わかった。すまない。辛いことを思い出させたね」
静かにリビングを出ていく黒いコート姿を見ながら、さすがヨーロッパ出身だけあってキザな去り方が様になる人だなあと、ゆかりは少し微笑んだ。


【2012/03/13 記】


(2013.11.19)


モドル