今日はとことん飲んでやる。色とりどりの缶が並ぶショーケースを前に固く決意した維継の背後で、有線の曲が変わった。聞き覚えのあるキーボードの前奏に心臓がひゅっと縮む。維継の好きなバンドで素晴らしい曲だとは思う、だけど今日は聴きたくない。よく見もせずに数本の500ml缶をわしづかみにしてレジへ。閉まりかけた自動ドアの向こうではちょうどサビにかかるところだった。“運命なんて便利なもので”、その先は聴こえなかった。
足のむくままにふらふらと彷徨い、河原に出たので座り込む。この辺一帯を流れる大きな川だ。プルトップを引き抜くと泡は銀色の境界を越えずすぐに沈んだ。
ふられ男の定型らしく息巻いてみたものの、意外なほど維継の心中は静かだった。あるいはまだ実感に至っていないのかもしれない。前の彼女と別れた時はどうだったかな、と思い出そうとしてなぜか最初の彼女の顔が浮かび、あわてて打ち消す。けれど同時にまだ幼い、懐かしい親友の笑顔が浮かび知らず苦笑した。
依、俺、ふられちゃったよ。
一度呼びかければ堰を切ったように言葉はあふれた。
おまえ今何してんの。もう5年も経っちゃったけど、何かおまえ、年取りそうにないな。俺は結構大人になったぜ、相変わらずモテるし仕事仕事で忙しくしてるけど、昔の、特に高校の頃を思い出すとうわあああってなる。なる程度には変われたんだと思う。
ゆかりも変わったよ。あの古本屋でまだバイトしながら、エッセイ書いたり小説書いたりしてる。あのゆかりがだぜ?蛙の子は蛙とはよく言ったもんだ。
ゆかりに告ったんだけど駄目だった。好きな人がいるって。俺、それ聞いてちょっと嬉しかったんだよ。な、まともになったろ?まともっていうか相当イイヒトだよな。
なあ、今どこにいるんだよ。
会いたいよ。
会って俺のこの苦節5年の片思いの顛末を聞いてくれよ。同じ女にふられたモン同士、積もる話もあんだろ。
「お兄ちゃん」
我に帰ると赤いランドセルを背負った少女が自分を見上げていた。大きく開いた瞳。やべ、もしかして全部口に出してた?俺不審者?とおどおどする維継に、少女はため息まじりに言う。
「昼間っからお酒なんてよくないよ」
そうして彼女は目をぱちくりとさせる維継の掌にそっと何かを乗せ、背伸びしてよしよしと頭を撫ぜると振り返りもせず去っていった。残されたのは懐かしいパッケージ。苺柄の包み紙を剥くと薄赤い三角形が現れた。
「これ、まだあったんだな……」
ビールの苦味に慣れた舌に、それはずいぶん甘く感じられたのだった。


【2012/02/22 記】


(2013.11.07)


モドル